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カザリの恋活日記・第七話

第7話「はじめてのデート、緊張しすぎて…」

🕊️1. 朝の支度と、姉との最終確認

デート当日の朝。窓から差し込むやわらかな光で、いつもより少し早く目が覚めた。時計を見ると、約束の時刻までまだ三時間。だけど落ち着かなくて、ベッドの上で服装のイメージを何度も組み直してしまう。

待ち合わせ場所は偶然にも実家の近くだった。自宅で身支度を整えたあと、少しだけ実家に立ち寄る。玄関を開けると、カザねぇ――私の姉が笑顔で出迎えてくれた。

「お、今日がその日ね?」
「うん……ちょっと、緊張する。」
「大丈夫。ちゃんと笑えて、ちゃんとご飯食べられそう?」

母親みたいな言葉に思わず笑ってしまう。髪を整えながら、鏡の前で小さく深呼吸。実家の仏壇にお水をあげて、静かに手を合わせる。「今日が、いい一日になりますように」――心の中でそう祈ってから、玄関を出た。

👗2. 今日の服装に込めた想い

本日のデートの洋服は、白いブラウスの上に淡いベージュのジャケットを羽織り、濃いめのズボンにした。正直に言うと、何度もカザねぇと相談した。

「スカートとズボン、どっちがいいかな?」
「ワンピースの方が柔らかい印象かもね。でも、ズボンも誠実で素敵よ」

本当は、かわいいスカートも履きたかった。けれど今日は初めて会う大切な日。あまり軽い印象に見られたくなくて、落ち着いた大人の雰囲気を意識した。

白いブラウスは清潔感を、ベージュのジャケットは誠実さを。そして濃いめのズボンで、落ち着きと知的さを。 “飾りすぎず、でもきちんと伝わる女性でいたい”――そんな気持ちを込めたコーディネートだ。

服を選ぶなんて些細なことかもしれない。でも、そういう小さなところに気を遣える女性のほうが、きっと相手の心にもやさしく映る――そう思った。

🚶‍♀️3. 待ち合わせまでの道のり

駅へ向かう道の風は少し冷たくて、ジャケットの裾が揺れる。通りすがりのカップルの笑顔が、どこか眩しく見えた。「私も、あんなふうに笑えるかな」――そんなことを思いながら、スマホを握りしめた手のひらに、じんわりと汗が滲んでいた。

前の日、LINEで「当日は、黒のジャケットを着てます」と彼からメッセージが来ていた。それを思い出しながら辺りを見渡すと、駅前の時計の下に、まっすぐ立つ黒いジャケットの男性が目に入る。

――あ、いた。声をかける前から、なぜか“この人だ”とすぐにわかった。待ち合わせ場所に着くと、彼はすでに来ていた。目が合うと、彼は笑顔で軽く手を振ってくれた。

☕4. はじめての言葉、歩き出す一歩

「はじめまして」――その一言で、ぎこちなさの膜がほんの少し薄くなる。だけど心の奥の鼓動はまだ速い。

――これは、ただの“デート”じゃない。「この人と将来、一緒に生きていけるのか」を確かめる、大事な時間。だからこそ、自然とお互いに緊張感が生まれていた。

「少し歩きながら話そうか?」彼の提案にうなずき、並んで歩き出す。お互いの趣味や仕事、休日の過ごし方――たわいもない会話なのに、ひとつひとつが“これから”を見極めるための大切な材料に思えた。

私は少し早口になっていた。沈黙を埋めなきゃと焦る気持ちが言葉を急がせる。けれど彼は、落ち着いたトーンでゆっくり返してくれる。「そうなんだ。じゃあ、休日はけっこうアクティブなんだね」――その笑顔に、空気がやわらかくなった。“ちゃんと聞いてくれている”と感じられるだけで、救われることがある。

🍽️5. ご飯かお茶でもしようか?

少し歩き疲れたころ、彼が優しく声をかけた。「ご飯かお茶でもしようか?」――その一言に、緊張がすっと和らいで、自然に笑顔がこぼれた。

入ったのは小さな洋食屋さん。木のテーブル、磨かれたカトラリー、窓から差し込む午後の光。メニューを開く手が、緊張で少し震えてしまう。

その瞬間、頭の中でカザねぇのアドバイスが再生された。
「ご飯の食べ方をよく見なさい。ご飯つぶまで綺麗に食べているか。くちゃくちゃ言いながら食べていないか。そこに相手の性格や、親のしつけが出るんだから」

確かに――食事はただお腹を満たす時間じゃない。人となりが表れる、大切な“試される場”。私は彼の手元にそっと視線を落とした。

彼の食べ方は落ち着いていて丁寧だった。お箸の持ち方も綺麗で、ご飯つぶも残さない。その姿に、胸の奥がふっと軽くなる。思わず頬がゆるんだ。

一方の私はといえば、緊張のせいでフォークを落としたり、水を少しこぼしてしまった。「ごめんなさい……!」と真っ赤になって謝ると、彼はクスッと笑って言った。

「大丈夫だよ。無理しないで箸でもいいんだよ。僕も慣れていないから箸にしたいし。」

それは、相手に気を遣う優しさの表れ。そんな何気ない優しさを、私はちゃんと感じ取れた。そこから会話は不思議と自然にほどけていく。子どものころの話、家族のこと、好きな季節、最近見た映画――どれも特別な話題ではないけれど、言葉の端々から誠実さが伝わってきた。「派手じゃないけど、ちゃんと温かい人」だと、ゆっくり心が受け入れていく。

🌇6. 夕暮れの並木と、やわらぐ距離

店を出ると、街のビルの間を抜ける風が少し冷たくなっていた。歩道の並木に夕陽が差し、影がふたりの足元を並べて伸びる。「今日はありがとう。話しやすかったよ」――彼の言葉に、胸がじんわりと温かく満たされた。私はぎこちなく笑いながら、「こちらこそ、楽しかったです」と答える。

別れ際、駅の階段を上る彼の背中を見送り、私はそっと深呼吸をした。完璧じゃなくてもいい。新しい服を着ても、うまく笑えなくても。“相手と一緒にいる時間”を楽しむこと――それがいちばん大事なのだと、今日やっと腑に落ちた。

📮7. 余韻のメッセージ

帰りの電車。窓に映る自分の顔が、朝より少し柔らかく見える。ポケットの中でスマホが震えた。画面には「今日はありがとう。またゆっくり話せたら嬉しいです。」の文字。思わず、ひとりで微笑んでしまう。

💭8. カザリのひとこと日記

「次は……もっと自然体で向き合えたらいいな」

あとがき

今回の初デートは、完璧ではなかったけれど、確かに心に残る一日だった。
カザリにとって、“相手を知る”ということは、“自分を見つめる”ことでもある。
緊張も失敗も、そのすべてが恋のプロセスであり、未来への準備。
次に会うときは、もう少し笑顔で。
そして、「ありがとう」と素直に言える自分でいたい。

――恋は、少しの勇気と、たくさんの優しさから始まる。


第8話へつづく。

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