第8話「恋の余韻、続く日々」
鏡の前で髪を整えながら、思わず笑みがこぼれた。
「わたし、こんな顔してたっけ?」初デートの余韻がまだ胸の奥に残っていて、
寝ても覚めても、頭のどこかであの笑顔を思い出してしまう。
スマホが光った。
――彼からのLINE。
『昨日はありがとう。カザリさんと話してると、時間があっという間だったよ。
もしよかったら、また会っていただきたいです。』
その言葉を読んだ瞬間、
胸の奥で小さな花がふわっと咲いた気がした。
指先が少し震える。
ただのメッセージなのに、画面の向こうに彼の優しさが伝わってくる。
その一文には、誠実さと、少しの緊張と、丁寧な思いやりが混ざっていた。
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。
またお会いできたら嬉しいです。」
送信ボタンを押したあと、
胸の奥がふんわりと温かくなって、
その夜は、なかなか眠れなかった。
🌷1.恋が日常を彩っていく
仕事はいつも通り。
朝の通勤、会議、報告、デスクワーク。
けれど今日は、心が軽い。
通勤電車の中の人混みさえ、なぜか穏やかに感じる。
昼休み、同僚が「最近、なんか顔が明るいね」と笑った。
「そうかな?」と返しながらも、
自分でも分かっている。
恋をすると、世界の色が変わる。
夜、彼からまたメッセージが届いた。
「今日もお疲れさま。カザリさんは残業多くない?」
「ちょっとバタバタしたけど大丈夫。あなたは?」
そのやりとりが、日々の楽しみになっていく。
他愛のない会話の中に、
“想われている”という優しさが見える。
☕2.二回目のデート ― カフェと映画と、少し深い話
次に会ったのは、翌週の土曜日。
待ち合わせ場所に現れた彼は、前回より少しリラックスした表情をしていた。
「映画館って、緊張するけど楽しいですね」
「うん、同じ空間で何かを観るって、不思議な安心感がありますね」
観たのは静かな恋愛映画。
上映後、ふたりで近くのカフェに入った。
柔らかい午後の日差し、香ばしいコーヒーの香り。
「仕事、大変ですか?」
「忙しいけど、やりがいはあります。
でも、たまに“これをいつまで続けられるかな”って考えるんです」
その一言で、話が自然とライフプランへ広がった。
「この先、どんな働き方をしたいかとか?」
「そうですね。わたしは結婚しても、何か形を変えて仕事は続けたいかな」
「素敵だと思います。僕も、そういう考え方の人が好きです。」
言葉に嘘がない。
真面目な会話ができる相手って、
それだけで信頼が積み上がっていく。
🌳3.三回目のデート ― 芝生の公園で、心がほどける
三回目のデートの日。
空はどこまでも青く、
まるでふたりを祝福してくれるような晴天だった。
「ここ、気持ちいいね」
「うん、風がちょうどいい」
カザリが芝生に座ろうとしたとき――
「ちょっと待って!」と彼が慌ててリュックを開いた。
中から出てきたのは、かわいい動物柄のレジャーシート。
「虫対策と、服が汚れないようにと思って……」
その細やかな気づかいに、
カザリの心がくすぐったく温かくなった。
彼がシートを広げるのを見届けて、
「じゃあ、せっかくだから――」と
お弁当の包みをそっと取り出す。
「お口に合うかわからないけど……お弁当を作ってきました。
天気もいいし、一緒に外で食べたらおいしいと思って🩷」
一瞬、彼の目がまんまるになったあと、
たまらない笑顔がこぼれた。
「うれしい……ありがとうございます。いただきます!」
開いたお弁当箱には、
彩りよく並んだ卵焼き、唐揚げ、そして星型のニンジン。
「可愛いなぁ」ってつぶやく彼の声に、
カザリは照れながらも嬉しそうに頬を染めた。
🎲4.即席カードゲーム ― 本音をめくる時間
食後、穏やかな風が芝生をなでるころ。
カザリがバッグから小さな紙袋を取り出した。
「あのね、ちょっと遊びません?」
「遊ぶ?」
「はい、“即席カードゲーム”!
お互いに聞いてみたいキーワードを書いて、
めくって答えるんです。真剣な質問も、軽いのもOK!」
無地のカードが10枚。
2人はペンを取り、交互に書き込んでいく。
『家』『仕事』『子ども』『健康』『理想の夫婦像』『休みの日』――
カードが増えるたびに、少しずつ笑い声が増えていった。
「じゃあ、僕からいきますね」
彼がめくった1枚目には『健康』の文字。
「僕、定期的にランニングしてるんですけど、
最近ちょっと体重が気になってて(笑)」
「え、まじめ! でも健康ってほんと大事ですよね。
わたしも夜更かし控えなきゃ〜」
ふたりの笑い声が風に溶けていく。
次はカザリの番。
めくったカードには『家』と書かれていた。
「うーん、賃貸でもいいけど、
いつかは小さな庭のある家に住みたいな。
洗濯物が風に揺れる感じ、憧れます」
「いいですね。僕も、子どもが走り回れるような家がいいな」
「……子ども」
「うん。できたら、ちゃんと愛を伝えられる親になりたいです。」
少しの沈黙。
でも、それは心地よい静けさだった。
遠くで風鈴が鳴り、小さな子どもの笑い声が聞こえる。
ふたりは自然と同じ方向を見ていた。
最後のカードを彼がめくる。
そこにはカザリの手書きで、こう書かれていた。
『これから知りたいこと』
一瞬、彼が言葉を探すように視線を落とす。
そして、少し照れながら微笑んだ。
「このゲーム、すごくいいですね。
なんか……もう少し、ちゃんとあなたのことを知りたくなりました。」
カザリの胸の奥が、ふわりと温かくなった。
恋が、静かに“確信”に変わる音がした。
💌 あとがき ― カザリの心のメモ
恋って、優しさの集まりなんだね。
形を変えて、心の奥で静かに灯り、広がっていくのを感じる。
この三週間、特別なことなんて何もなかったけれど、
“恋をしている”と思うだけで、
日常がやわらかい色に染まっていった。
次は、どんなふうに会えるだろう。
きっと、少しだけ近づいたふたりの心が、
もう少し深く息をする日になる。
――第9話へ続く。

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