💕最終話「恋の終わりではなく、“愛の始まり”」
朝の予感
「チュンチュン」
鳥のさえずりが、いつもより優しく聞こえてきた。
朝の光がカーテンのすき間から差し込み、
昨日の夜の寒さで、窓ガラスにはうっすらと結露が光っていた。
窓を開けると、ヒンヤリとした爽やかな空気が頬を撫でる。
今日は良い一日になりそうだと、そんな予感がした。
カザねぇを紹介したいからと、勢いで誘ってしまったけど、
今日、彼が家に来る。
「迷惑じゃなかったかなぁー!」
そう思うだけで、心臓が早くなる。
もし会うなり「色々とよく考えたんだけど、もう会うのはやめようと思う」なんて、
言われてしまったらどうしよう……。
カザリは心配性で、何でも最悪を想定してしまうタイプ。
腰を掛けようと椅子にかけた手が、少し震えていた。
姉妹のドタバタ、でも心は軽く
「カザねぇ、起きてるの〜?もう起きる時間とっくに過ぎてるよ。準備する時間なくなるよ!」
朝の弱いカザネ姉は、カザリの想定通り——いや想定以上に朝起きるのが苦手だった。
布団の中から、ふわっと髪の乱れたカザネが起き上がる。
「ん〜……あと五分……」
「お姉ちゃん、ほんとに時間ないよ!前もはだけてるし、頭もボサボサだよ〜!」
カザネは目をこすりながら、寝癖の髪をゆるくまとめ、
「大丈夫よ。恋の女神は寝起きが悪いものなの。」と微笑んだ。
――お姉ちゃんは、なんでも自分を正当化しようとするけど、ここまでくると笑える。
カザねぇと話をしていると、色々と心配して悩んでいた自分がバカバカしく思えてきた。
「あまり考えずに、せっかくの休みだから今日一日を楽しく過ごそう!」
そう思えたのも、カザねぇがいてくれるからだった。
「カザねぇ、お願いだから変な質問しないでね!彼、真面目な人だから!」
「しないわよ。わたし、愛のキューピッドなんだから。」
――この言葉は、あとで現実になる。
来訪のベルと、深呼吸
「カザリが彼を紹介したいって言うから来たんだよー!」
「それはそうなんだけど。でも、ちゃんとしてね。お願い・だ・か・ら・!」
「カザリが彼を紹介したいなんて言うからビックリしてOKしちゃったけど…..」
「お母さんも、どんな彼だったか詳しく教えてね、なんて楽しみにしている感じだしね。」
わたしは、家族代表として彼をちゃんとチェックしよう。
もしかしたら、家族になるかもしれないからね。
そう言いながらも、カザネも少し緊張していた。
「カザリ、なに緊張しているのよ。何回もデートしてるんでしょ?」
「こっちのほうが緊張してきたよ。」
「いつものカザリでいいんだよ。リラックス、リラックス。笑顔は忘れずにね!」
その言葉にカザリは小さくうなずいた。
心臓の鼓動はまだ速いけれど、
その中に“嬉しさ”が混ざっていることに気づいていた。
ピンポーン。
「えっ、もう!?そんな時間!?」
「はーい。いま開けまーす。」
カザリは急ぎ足で玄関へ向かい、
玄関にある鏡で身だしなみを整えてから、ゆっくりと深呼吸をした。
――今日は、わたしの思い描く未来に一歩近づく日。
玄関の挨拶、リビングの空気
カザリがドアを開けると、彼が笑顔で立っていた。
彼が緊張しているような面持ちだったので、カザリは優しく丁寧に挨拶をした。
「おはようございます!今日はお忙しいところ来てくれてありがとうございます。」
やさしく声をかけられた彼も安心した様子で、
「おはようございます。こちらこそお誘いいただきありがとうございます。」と丁寧に言葉を返していた。
そんなやりとりを聞いて、カザネは「カザリがそんなこと言えるようになっていたなんて〜」と感心していた。
リビングに通された彼。
「こちらが、前に話をしたわたしのお姉さんです。」
彼は丁寧に頭を下げ、緊張した様子で言葉を探していた。
「初めまして。いつもカザリさんにはお世話になっております。」
「こちらこそ、カザリをいつもありがとうございます。緊張しなくていいからね。」
「カザねぇ、超美人でしょ〜!」
「はい。とてもきれいな方ですね。緊張しちゃいます。」
カザネは優しく笑いながら言った。
「まぁ、イケメンなのに真面目なんですね。」
姉の“さりげない面接”
その後、カザネは世間話を交えながら、
二人のデートの様子をうまく聞き出していた。
「その公園でのお弁当はなにが入ってたの?味はどうだった?美味しかった?」
「卵焼きか〜。だから前の日にやたらお母さんに隠し味とか焼き方のこと聞いてたんだ〜。」
「カザリは真面目でいい子なのよ〜。一生懸命なところは姉のわたしが保証します。」
彼はそんな話を聞きながら、改めてカザリのことを感心していた。
「カザリさんは、すばらしい方だと思っています。」
カザリも思いがけない言葉に照れ笑いをしていた。
とても嬉しかったようで、笑顔がとても可愛らしかった。
夕方の見送り
一時間ほど話したあと、カザネは席を立った。
「お邪魔にならないように、わたしは隣の部屋に行くから、二人でゆっくり話をして。」
やがて夕方になり、彼が帰る時間となった。
「もう帰るのかい。夕御飯でも食べていけばいいのにっ!」
「いや、そこまでは。またの機会にお願いします。」
「わかった。気をつけて帰りなよ。」
「はい。今日はありがとうございました。お邪魔しました。」
カザネは帰ろうとしている彼を玄関まで見送ると微笑みかけて言った。
「カザリも好きみたいだし、ふたりお似合いだから付き合っちゃいなさいよ。」
「えっ!いきなりなに言ってるの〜カザねぇ。彼も困っちゃうでしょっ。」
「もう、わたしの気持ちはもう決まっておりますが、カザリさんの気持ちもあるので、
よく相談してみます。」
「彼を駅まで送ってくるね〜!」
とカザリは言いながらドアを勢いよく開けた。
— ドアは名残惜しむようにゆっくりと閉まっていく。
駅までの道と、勇気の言葉
家を出てすぐにカザリが声をかけた。
「今日は、疲れたでしょ?」
「そんなことないよ。カザリさんと話もできたし、お姉さんとも話をできたからよかったと思っているよ。」
「それならいいんだけど…..」
その後は少し沈黙しながら、二人は歩いていた。
駅に少しずつ近づくにつれて、人通りが多くなってきた。
駅までもう少しのところまで来たとき、彼がふと言葉を発した。
「お姉さんが言っていた言葉は、真に受けてもいいのかな?」
「どんな言葉のこと?」
「カザリさんが、僕のことを想ってくれていると言ったことばなんですが….」
「あっ。あれっ!気にしないで、カザねぇが勝手に言っていることだから。」
「そうではなくてですね〜。カザリさんは僕のことをどう想っていますか?」
「僕はカザリさんのことが大好きです。
好きすぎて、昨日も今日という日が楽しみすぎて眠れませんでした。
この年になって、恥ずかしいですけど大好きなんです。
もし嫌でなければ、結婚を前提に付き合っていただけませんか?」
「えっ。えっー急にそんな。心の準備が……でも、わたしも大好きですよ。あなたのこと。」
「それじゃーOKということでよろしいですか。」
カザリは「うん」と優しくうなづく。
「よかった〜。今が一番緊張した〜。」
「では、改めて カザリさんこれからよろしくお願いします!」
「はい。こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします。」
――後日、この「不束者ですが発言」は家族の中で笑いの流行語になる。
結婚する前の付き合う段階で「不束者」なんて昭和でも言わんし笑える。とカザねぇが大笑いしていると、
お母さんが「カザリは真面目なのよ。でも、結婚しようって言われたらなんていうのかしらあの子」
「横綱になるときみたいに、“粉骨砕身、結婚道に邁進して参ります!”くらい言わないと締まらないよね〜。」
とカザねぇは一人、妄想しながら笑っていた。
小さな変化が、毎日を変える
その後、二人は駅までの道を歩きながら、
お互いの気持ちを確かめるように自然と手を繋いでいた。
駅前で人通りがさらに多くなると、
恥ずかしさのあまりお互いが手を離した。
でも、お互いの心に手の感触が残っている。
それからの日々、カザリは少しずつ変わっていった。
朝、鏡の前で微笑むことが増えた。
通勤電車の中でも、「おばあちゃん席をどうぞ」とお年寄りに席を譲ったり、
駅のホームに電車が停まったときに「わたし降りまーす」と言えるようになった。
些細なことではあるが、積極的に声が出せるようになっていた。
仕事でも、同僚から「最近、雰囲気が変わったね」と言われた。
恋の力は、彼女の“生き方”を変えた。
人から愛されたり、人から必要とされることで、
大きな自信に繋がり、それが原動力となって積極的に色々なことに取り組むことができるようになった。
カザリは、毎日充実した日を送っている。
🌸あとがき(カザネより)
応援してくれたみなさんに、
あの日、駅で手を繋いだ二人の物語のその後をお伝えします。
あの日から――もう3年が経ちました。
最初の一年は、すれ違いも多くて、
カザリは夜にわたしへ愚痴をこぼしてくることもありました。
「どうして彼は、言葉にしてくれないんだろう」と。
けれど、彼はいつも行動で愛を伝えていた。
帰り道にそっと買ってくるミルクティー、
寒い夜に黙って差し出すマフラー。
その優しさが、カザリの心を静かに温めていきました。
二年目の秋。
二人は思い出の公園で、夏から秋へ色を変えていく木々を並んで眺めました。
夜は、夜景の見えるレストランでディナー。
そこで彼から思いがけないプロポーズが。
「結婚を前提に付き合って一年半。喧嘩もすれ違いもあったけど、その都度話し合ってきました。
遊園地、水族館、映画、温泉旅行――どれもかけがえのない思い出です。
これからも一緒に生きていきたい。」
照れくさそうに、でも真っ直ぐに。
カザリは涙で頬を濡らしながら、「わたしも、あなたを信じて一緒に歩いていきたいです」と答えました。
「にぎやかな家庭を作っていこうね!」と彼。
「覚えていてくれたんだ、ありがとう。」
— 二人だけの小さな会話が、未来の扉をそっと開きました。
その半年後、結婚式。
お父さんは、なぜか引くくらい号泣(カザネのときは涙ひとつ見せなかったのに!)。
お母さんは「プロポーズの返事、あの子なんて言ったのかしら」とわたしに耳打ち。
思い出したわたしは、つい大声で笑ってしまい、会場を少しざわつかせました。
彼は「お姉さん、相変わらずイケイケですね」と苦笑い。
うん、褒めことばとして受け取っておきます。
そして三年目のいま。
二人は新しい命を授かりました。女の子の名前は「アイ」。
“愛”の字には、この三年間のすべて――出会い、想い、成長、信頼――が込められています。
わたしはというと、ちょくちょく会いに行って育児をサポート。
抱っこするたびにアイに諭すように囁きます。
「あなたが生まれたのは、わたしが“愛のキューピッド”をしたからなのよ?」
だから褒美をいただきに参りました。まずは、この小さなおててを優しくにぎって……ほっぺにチュッチュッ。
ご褒美いただきました。ご褒美の利息として、あと一時間はチュッチュッ追加かも。
寝かしつけには心地よい子守唄を、離乳食は栄養計算ばっちり。
でも最後はやっぱり、「愛情たっぷりの愛のチュッチュッ」です。
あなたは、みんなから愛されているのよ!
人生に正解はない。
けれど“誰かを大切に想う”その心こそ、いちばん確かな幸せの形。
カザリと彼が、わたしにそう教えてくれました。
そして今日も、小さなアイの寝顔を見つめながら、そっとつぶやきます。
「十八年後のあなたの“恋の始まり”も、カザネに応援させてね。」
――恋の終わりではなく、“愛の始まり”。物語は、これからもつづく。
おわり

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