第6話:はじめての通話で声を聴いた日
ドキドキの着信前
何度かメッセージをやり取りするうちに、私は相手の人に対して悪い印象を持たなくなっていた。文章は丁寧で、返信もほどよい速さ。話題の振り方も無理がなく、背伸びをしない素直さを感じさせる。小さな安心感が胸の中に積もっていった。
そんなある日、画面に届いたメッセージ。
「少しお話ししませんか?」
メールではうまくできるのに、電話となるとリアルタイムの話だから素のわたしが出てしまう。
〈大丈夫かなー?〉
緊張感が一気に高まった。
迷いながらも、私は「はい」と返事を打ち込んでいた。
第一声はまさかの裏返り
ようやく鳴った着信音は、どこかやさしく聞こえた。でも、指はなかなか動かない。もう一度、深く息を吸ってから受話器のアイコンを押す。
「……もしもし」
自分の声が震えていた。その瞬間、受話器の向こうから返ってきた第一声は――
「あ、あの……よ、よろしくお願いします!」
裏返った。見事に。
思わず笑ってしまった。緊張が一気にほぐれ、私は声を上げて笑った。
「ふふっ、ごめんなさい、いまの……!」
「す、すみません……!」
謝り合って、二人して笑う。その笑いがきっかけになって、会話は自然に流れ始めた。
声に宿る“周波数”
話したのは、ほんの些細なこと。天気、仕事、好きな食べ物。緊張で途切れ途切れになりながらも、どこか居心地が悪くなかった。私はふと、カザねぇの言葉を思い出す。
「声のトーンって大事よ。優しさの周波数がこもっているかどうか、耳で感じてごらん。もし感じられたら、その波はあなたの波と合っているのかもしれない」
耳を澄ませてみる。彼の声は、少し不器用だけど、どこか真面目で安心できる音だった。最初に裏返ったせいで、逆に飾らない人柄が浮かび上がったように思えた。
三十分の通話と、姉への報告
通話を終えたあと、私はすぐにカザねぇに報告した。
「ねえ、聞いて! 最初、相手の声が裏返っちゃって、私、大笑いしちゃったの!」
カザねぇはクスクス笑ってから、真面目な顔になった。
「そういう瞬間って、一気に距離を縮めるのよ。でもね、もしそれが“わざと”だったら……相当のやり手かもしれないわね」
「えぇっ!? そんなことある?
そんな人じゃないよ〜」
カザねぇはにやっと笑って続ける。
「もう相手を少し好きになってるんじゃないの〜?」
「……!」――図星を突かれて、私は思わず頬が熱くなった。
「でもね、少し相手を警戒するくらいがちょうどいいのよ。生まれも育ちも違うんだから」
「いつもそれ言うよねー。お父さんみたい……」
「でも、あなたが傷つかないように、少しネガティブに考えるの。最悪のことを想定して。姉ってそういうものよ」
私は笑いながら首を振った。
「もう〜、カザねぇ、心配しすぎ〜」
小さな橋を架けた“裏返り”
声のトーンには、その人の心が宿る。文字では見えなかったものが、波のように伝わってくる。緊張も、不器用さも、笑いに変わっていく不思議。
あの夜の“裏返った声”は、ただの失敗じゃない。二人の間に小さな橋を架ける音だった。
次は、どんな声を聴けるのだろう。
その問いかけを胸に抱きながら、私はスマホをそっと伏せた。

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